静寂の守護者
霧に包まれた光の塔の頂で、私は息を殺していた。目の前で休息するドラゴンの姿は、まるで氷の彫刻のようだ。塔のてっぺんまでゆうに届く巨体は青白い鱗に覆われ、背中の棘は白銀の輝きを放っている。赤く燃える瞳は時折霧の向こうを見つめ、その度に辺りの気温が更に下がるのを感じる。
観察記録を取ろうとした手が、わずかに震えた。これほど近距離での原龍の観察は、私にとっても初めての経験だった。
「モートン氏、これが噂の個体です」
隣で監視部門責任者のヴィクター・スカイウォッチャーが、囁くように話しかけてきた。この光の塔は、開闢以来この地に立つ最古の神殿。毎年、何万人もの参拝者が訪れる聖地だという。今回の観察は彼の案内で実現した特別な機会だ。
「3年もの間、この聖地に住み着いているとは驚きです」
「ええ。原龍は人を襲うことも多いのですが、この個体は違う。ただ、その存在自体が参拝者を遠ざけている。代々受け継がれてきた祈りの場が、今や閑古鳥が鳴くありさまです」
ヴィクターの声には苦渋が滲んでいた。原龍の存在が人々の信仰の妨げになっているのなら、排除を検討すべきではないか―そういう意図が見える。
私は観察を続けながら、慎重に答えた。「もう少し様子を見させてください」
その時だった。
突如、霧が濃くなり、視界が悪化する。緊張が走る。原龍の巨体が動き出したのだ。
「退避準備を!」ヴィクターの声が響く。彼の手は既に魔導具に掛かっていた。
しかし、原龍は私たちに関心を示さない。ゆっくりと立ち上がると、大きく息を吐いた。吐き出された冷気が霧を凍らせ、無数の氷の結晶となって空中に舞う。
そして、驚くべき光景が広がった。
結晶に反射した光が、万華鏡のように塔を包み込む。まるで天蓋のような光の帳が出来上がったのだ。
「あれを見てください」
ヴィクターが指差す先で、一羽の鳥が塔に近づいていた。猛烈な吹雪の中、迷い込んだように見える。原龍は静かにその様子を見守っている。
光の帳は、吹雪から塔を守る壁となっていた。そして私には見えた。原龍の瞳に映る塔への眼差し―それは千年の時を超えて、この地を見守ってきた者たちと同じものだった。
帰り道、ヴィクターは無言で歩を進める。しばらくして、ふと立ち止まった彼が振り返る。
「報告書には、"対応不要"と記載しておきましょう」
淡々とした口調だが、その表情には確かな敬意が浮かんでいた。
光の塔では今日も、氷の守護者が静かに佇んでいる。人知れず、確かに。

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